寝ても覚めても人生は続く

[1]嫌気

 なりたい自分から離れている。試験に合格して年収を上げ、社内の地位を上げることが自分の人生に必要なのか。目先の生活を楽にするためには必要だけど、本当に大切なものからはどんどん遠ざかっている気がして、ここ数ヶ月揺れていた。

 高校の先生は「老いてくると覚えが悪くなる」と言っていたけれど、僕にとってはそうではなく「必要ないものに対する拒否感」が、ものごとの覚えを悪くするという結論に達した。他人の作ったよく分からない社会システムに従って、生活が苦しくなったり良くなったり、地位を比べ合う世の中に嫌気がさしていた。

 僕はずっとそういう世の中をヘラヘラ笑って、距離感を持って暮らしたいだけだった。

 

[2]人の欲望

 試験が終わってライブに出るために、スーツで乗り込んだ東京行きの新幹線で、僕は大学生の頃に読んだ歴史の本を持ち込んだ。開くのは10年ぶりくらいだった。

 驚くほどに、本の読み取り方が変わっていた。僕はこの10年の間に、色々経験してしまった。人の欲望に人生を振り回され疲れつつも、自分の欲望にも正直になり、なにか欲望に関するセンサーが敏感になっていた。

 本を開けば昔の人の欲望が活字を通して襲ってきた。それは、かつてのブラック企業の社長が自分を正当化して他人の人生を次々に破壊したり、先程受けた試験で人の優劣が決まるような、なにかしら自分の優位にものごとを進めようとする人々のせめぎ合いが連綿と続くような歴史だった。

 学生の自分は、なにか綺麗事で世の中が動いている部分を信じていたのかもしれない。信心はものごとの汚い部分を隠してしまう。そう思いながら、新横浜辺りでそっと本を閉じた。

 

[3]いびき

 週末に試験と2本のライブを終え、日曜の夜に名古屋に居た僕は、大阪へ帰る電車もないし、明日は有給だし、飲み潰れてもいいかなという多少投げやりな気持ちを抑えてネカフェへ入って横になった。疲れた体と疲れた脳で、この二日間を思い返しながら、人生とは何か、その意味を考えていた。

 意味なんてないのに、四六時中僕はそんなことを考えている。本を開いたって、それらしいことは書いているけど、あくまでそれらしいだけで、結局は自分で宵を越える理由をこさえて眠らなければならなかった。

 そうして色々考えてようやくうとうとしていると、斜め前のブースから豪快な他人のいびきが聞こえてきて眠気が吹き飛んでしまった。

 結局人生はそういった理不尽の連続のなかで、眠って起きてを繰り返すものなのかもしれない。他人のいびきがおさまったころに、僕はネカフェを出た。