進め地獄へ

[1]エンドレスおじさん

 「世の中はな、どうせエンドレスなんだよ!!分かっとるわ!エンドレスなんだよ!」

 上司の結婚式の帰り道、泥酔して自宅から20キロ離れた駅に放り出された僕は、タクシーで帰れば良いのに、何かエピソードと、ついでに健康もほしいと欲を出して歩いて帰ることにした。

 明朝自宅近く、突如自転車に乗って出没したおじさんは、虚空に向かって「世の中はな、どうせエンドレスなんだよ!!分かっとるわ!エンドレスなんだよ!」と叫んでいた。

 エンドレスおじさんのヤバさに春を感じる一方、妙に腑に落ちている自分もいて、「確かに人生はエンドレスな側面がある」と思ってしまい、何故腑に落ちているのか考えているうちに家に着いてしまった。

 

[2]地獄堂

 小学生の頃、友達とよく地獄堂と呼ばれるお寺で遊んでいた。大きなペンチを持った鬼が佇み「嘘をつくと舌を抜くぞ」と脅しをかけ、地獄を映し出す鏡にはブラウン管が埋め込まれ、針の山に刺される人々、ぐつぐつ煮られる罪人、賽の河原での石積み、閻魔の恐ろしさが一日中放映されていた。

 端的に言えば生きている間に徳を積まないとこんな地獄に堕ちるよということだった。感銘を受けたのか地獄に行きたくない恐怖からか、僕は遊びに行くたびに、隣のおもちゃ屋遊戯王カードを買うのを少し我慢して、30円の線香を買って焚いていた。少しでも善行を積もうとしていた。

 しかし子どもながらに「地獄に堕ちる恐怖を背景に善行を積むことは、果たして本当の善行と呼べるのだろうか」とぼんやり考えていた。

 

[3]地獄よりも怖いブラック企業

 やはり付け焼き刃な善行の効き目は20代中盤で切れてしまい、僕は何年か前にブラック企業という無限地獄に堕ちてしまった。生きていても地獄に堕ちることはある。

 針の山で刺されるよりも、全ての商品を売っても達成できないノルマを課せられる方が痛い。ぐつぐつ煮られるよりも、自分の脳を騙して麻痺させるしか会社で生きる道がないほうが辛い。閻魔よりも恐ろしい社長が声を発すれば軍隊のように従っていた。

 ブラック企業の社長は常日頃から「僕は嘘をついたことがない」と澄んだ目で言っていた。周りからは沢山嘘を重ねた人にしか見えないが、恐ろしいことに本人は本気で話していた。これでは、鬼も困惑して舌は抜けない。

 あのままブラック企業にしがみついていたら、僕は無限地獄から逃れることができず、エンドレスおじさんのようになっていたかもしれない。だから僕は彼の言葉が腑に落ちたんだと思う。

 そんなことを考えていると、あの時の地獄堂の線香の香りが漂ってきた気がした…、という文章の締めに悩んだ末に嘘を書いてしまった僕は、鬼に舌を抜かれるのが決定してしまったのだった。