久しぶりの人の突然の電話は怖い

[1]人生の落とし所

 虚しい。朝早めに会社に着くと、「自分は何もしないが人の悪口を言うことで活き活きと輝くお局さん」がすでにエンジン全開で、会社の、同僚の不満を垂れ流していた。

 僕は、朝と対極にあるお局さんの悪口に虚しくなるのではなく、「この人と同じ空間で週に五日間も過ごさなくてはいけない人生を選んだ自分」に虚しくなった。

 土日が、バンドが楽しくて悔しいほど、気持ちが熱中すればするほど、平日の会社に蔓延る虚しさに押し潰されそうになる。週末二日間だけ楽しい人生ではなく、全て楽しい人生を得る方策を今からでも考えるべきだった。

 

[2]32ビートの兄

 兄から不在着信があった。仲は全然悪くないが、普段連絡を取らないので、実に2年半ぶりの着信で心がざわついた。偶然その日、別で訃報が入ったりしたので、何か不幸が重なるのではないかと不安になりながら折り返した。

 「実家の鍵、もってない?」あっけらかんとした兄の声は僕を安心させた。「実家から出て引っ越したときに返したと思うけどなぁ。随分前で覚えてないけど。」

 そこから幾分か近況報告をしていたが、兄はどうやらこの二年半の間に、僕が「16ビートはやお」という名前でドラムを叩いていることに気づいたような素振りだった。兄は核心に触れぬよう、「16ビート」という単語に触れぬようバンドのことをあれこれ聞いてきた。確かに自分の弟が「16ビートはやお」だったらちょっと嫌だよな、分かるよ、でも気が向いたらライブに来てくれよな、と思いながらのらりくらり電話を切った。

 

[3]通販1万円のドラム練習キット

 ドラムというものを初めて知ったのは、兄の影響だった。ある日小学生の僕が家に帰ると、当時高校生の兄は部屋でドラムの練習キットを組み立ててパチパチ叩いていた。しばらくすると飽きたのか、練習キットがプラスチック製なのでうるさすぎたのか、練習する兄の姿を見なくなった。

 バンド音楽を聴くようになったのは、兄のCDラックから適当に取り出したSHAKALABBITSのアルバム「EXPLORING OF THE SPACE」からだった。変なジャケット!と思い聴いてみたらみるみるハマってしまったのだ。

 思い返せば今の人生、週に二日楽しいのは兄のおかげかもしれない。始まりは全て兄にある。

 久しぶりに兄に会いたくなった。久々に実家に帰って「16ビートはやお」として兄と対面しようかな。ライブも見に来てほしいかもな。兄が見に来てくれたら、土日が余計に楽しくなって、落差で平日がより辛くなってしまうかもしれないけど、お局さんの人生よりかは実りあるものとして胸を張ってすごせるだろうな。

 そうすれば、全て楽しい人生に少し近づけるような気がした。