老いと酒瓶と社会人

[1]割れた酒瓶

 華金。ZOOZの練習終わり終電に揺られていると、仕事終わりのサラリーウーマンがホームで盛大に転けてしまった。彼女の手に握られたスーパーの袋がコンクリの地面に打ちつけられ、中に入っていた酒瓶が割れ、破れた袋の隙間からアルコールが凄い勢いで飛び漏れていた。

 声をかけるにもかけれず家路についた僕は、布団に潜ると彼女の悲しそうな表情が瞼の裏に焼き付いているのに気がついた。仕事を頑張った自分へのご褒美だったのだろうか、誰かと一緒に飲む約束をしていたのだろうか、破れた袋からアルコールが漏れ出れば出るほど、週末の愉しみが溶けてなくなっていく彼女の表情に、勝手な想像を膨らませて勝手に悲しくなってしまった。

 僕に時を戻せる能力があれば、悲しい表情を見ずに、酒瓶を割らずに愉しい週末を迎えさせてあげることができたかもしれないな。そんなことを考えているうちに、やっぱり他人事なのか眠りについてしまった。

 

[2]成長と老い

 過去と今を比べるのは諸刃の剣か。ガストバーナーでのスタジオの帰り道、はるきちさんと一駅歩くことが少し習慣づいてきた。「ガストバーナーを組んでから、過去に向き合ってこなかったことと今は向き合えるようになって、スタジオが楽しい。」

 そう話を聞く僕もスタジオが楽しかった。過去できなかったことや、怠惰でしてこなかったことに今向き合って乗り越えようとする、その営みに楽しさを覚えて日々の挑戦を共有していた。

 だけど同時に「成長」を前提とした資本主義のような楽しみに少しの恐怖を覚えた。人間だから仕方がない、僕たちは来るべき「老い」を抱えている。いずれ老いる。老いの恐怖を楽しみに変換することができるだろうか。僕に時を戻せる能力があれば、時を戻して「老い」を回避するだろうか。

 

[3]バンドを辞めた旧友

 崩れるようにバンドを辞めた旧友の近況を人伝いに聞いた。今は元気で働いているらしい。いつも同じ服を着て、バイトも次々に辞めて転々とし、身も心もズタボロだけど音楽だけは、ライブだけは頑張っていたあいつが、髪を黒く染め、仕事に就き、しっかりと暮らしているようだ。彼の今の生活が幸せなのか、不幸せなのかは、僕には分からない。

 結局のところ、僕には時を戻せる能力なんてない。不可逆な時間の流れに乗って、割れた酒瓶も、悲しい表情も、老いも、旧友とライブハウスで切磋琢磨していた日々も、戻すことはできない。が、これは戻さなくても良いな、と思った。

 今あるのは未来を明るくしていくこと。これしかない。酒瓶が割れても楽しめる週末を過ごせるように、老いても楽しく音楽を取り組めるように、バンドを辞めた旧友が、彼にとっての人生を明るくできるように、そうやって今を頑張り、祈るしかない。時を戻す能力なんていつまでも身につかない僕は、いつの間にか前向きに生きる能力を身につけていたようだった。少しだけ安心した。