人にイラついても落とし穴は掘っちゃいけない

[1]傷のついた水筒

 眠たい目を擦って大食堂で朝ごはんを食べていると、先生に呼び出された。どうやら、僕は身に覚えのないことで怒られているらしい。小学五年生の林間学習でハチ高原へ行った時の話。

 なんでも、真夜中に僕が二階から水筒を投げたらしい。「そんなことしていません!」と僕が言うと、傷のついた水筒を手に持った先生は「確かに君は普段からこんなことしないもんな」と言いつつ、けれども疑いの眼差しを投げたまま若干不服そうに水筒を返してくれた。腹が立ったので、そのあと誰かを落とそうと自由時間に落とし穴を掘っていたが特に何も起こらなかった。

 失意のうちに部屋に戻ると、一見わからないがペット用ドアの如く、窓に嵌められた網戸の一部がベロンと破れてのれんのようになっているのに気がついた。昨日寝る前、窓辺に置いていた僕の水筒が何かの拍子で倒れ、網戸の破れをくぐって二階から落ちてしまったのだ。そしてそれを先生が見つけ、持ち主の「僕が窓から投げた」と断罪したのだ。

 子どもながらに「勝手に決めつける大人にはなりたくない」ということ、そして「勝手に決めつけられる信用のない人になりたくない」ということを林間学習を通して学んだ。結果として学びの場としては適切だった。

 

[2]幽霊にごめんね

 最近ガストバーナー周りに幽霊がよく出る。話題に上がるたび加納さんは青白くなっていくし、りっちゃんは怪訝そうな表情をするし、はるきちさんはどこ吹く風と言った具合だが、幽霊のおかげでアンプは壊れるし、楽屋の暖房は効かないし、何かしら悪いことが起きていた。

 その時はわーわー騒いでいたが、僕は気がつけば悪いことが起きると幽霊のせいだと「勝手に決めつける大人」になってしまったのかもしれないと思い始めた。あの時の先生と同じ大人になってしまったのか?口先だけは信用して疑いの眼差しを向け続けていた先生と同じになってしまったのか?

 頭の中で幽霊に少し謝り、気づかせてくれてありがとうと謝意を伝えた。イラついて落とし穴を掘ったって、先生は落ちないし幽霊も落ちない。「勝手に決めつける大人」に落ちてしまったのは僕のほうだった。小学五年生の頃に掘った落とし穴は、令和四年になって初めて機能したのだった。