寿命タイマー

 

[1]残業を考える

 かつて僕が勤めていたブラック企業の社長は言った。「時間、やり甲斐、お金。君にとって一番大事なものはなんだ?」

 そもそも、毎日サービス残業させられて疲弊していた20時頃に全社員を集めて、終電までこんなことを一人一人に聞いてくる社長はおかしい。「時間です(早く帰りたい早く帰りたい早く)」と答えたが、延々と謎の会議は続き、社長のとんでも理論で「やり甲斐」が第一とされた。後に僕は「時間が大事」という自分の言葉を実行すべくその会社を辞めた。

 僕が辞めてからようやく転職サイトに会社の実態が書き込まれるようになったが、まだブラックは元気でやっているようだ。

 

[2]寿命タイマー

 今の会社が繁忙期ということもあり、かつてのブラック企業には到底及ばないが残業をしている。人間の自分勝手さに振り回されて、毎日頭が痛くなってこめかみに指を当てて瞼を閉じる回数が多くなった。

 残業中の疲れで焼け付く頭の中で「みんなの頭上に寿命カウントダウンタイマーが表示されたら誰も残業しないのに」と考えていた。

 人の頭の上に電光掲示板みたく「死まであと24年162日」など、それぞれの寿命が表示されていれば、残業が命を削り取る行為であることがはっきりと分かるはずだ。そうすればみんな時間を大切にして、誰も残業なんてしやしないじゃないか。

 

[3]自分を変えなきゃ意味がない

 まぁ、そんなことを考えている自分が惨めになった。残業する人生を選んでいるのは自分だ。嫌なら自分で切り拓けば良いが、それすらできない臆病さに参ってしまった。文句を垂れる前に、自分を変えなきゃいけないな。

 ブラック企業の社長、確かに法を誤魔化して沢山の従業員の人生をめちゃくちゃにしている点は地獄に堕ちて然るべきだが、本人はやり甲斐にまみれて幸せなんだろう。曲がりなりにも自分で自分の未来を切り拓いた自負があるので、そういう人ほど寿命は長い。

 さて、僕はどうしようか。死までのカウントダウン、寿命タイマーはそうこうしているうちにどんどん減っていく。死を意識することが逆説的に今を大切にすることになる。逆説的だけどそういうこと。とりあえず大好きなバンドのライブDVDを観て、残業脳を窓から捨てるところから始めようか。