カマキリハンドルが売れる地域には近づかないほうが良い

 

[1]カマキリハンドルの自転車

 中学生の頃は怯えながら暮らしていた。毎年卒業式にはどこで代々引き継がれたんだというような刺繍入りの短ラン長ランが溢れかえる、やや昭和の香りがする権力と暴力のヒエラルキーが支配する中学校だった。ヤンキー同士の学校を超えた拳を交える派閥争いは毎月のようにあったし、僕のような下層の生徒会長は廊下ですれ違うだけで普通に殴られるし、下校途中に横腹目掛けて全力で疾走するヤンキーのチャリが突進してきたりもした。家から学校まで徒歩1分だったけど。

 反抗すると後に仲間ヤンキーが群れを成して襲い掛かってくるという悪の風上にも置けない仕打ちを受けるし、そもそも僕の非力が故に普通に負けるので、殴られてもチャリが突っ込んできてもヘラヘラと笑って場を濁し、平穏に終わらせる習性が身についてしまった。生徒会長だったけど。

 

[2]スーツを着たヤンキー

 身についたヘラヘラと笑って場を濁す悲しき習性は、今になって役に立つ。高校や大学、音楽の場では配慮のない人と関わらないようにすれば良かったが、労働という場では嫌でもそのような人と関わらなければいけなくなる。中学の頃と同じだ。

 仕事が億劫な理由の大半はここにある。働くことは嫌いではないが、働けば働くほど配慮のない人と関わらなければならない。真綿で首を絞められるような、ぶり返す配慮なき苦しみを避けるように、ヘラヘラしなければ自分を保てなくなってしまう。ヘラヘラした後に瞼をぐっと強く閉じると、ストレスで脳が縮む音がした。

 

[3]大阪の日常

 そんな会社から帰宅途中、電車の長椅子に腰掛けていると、隣にトランポリンにジャンプする勢いでどかっと座ってきたサラリーマン、信じられないくらい脚を拡げて数人分のスペースを占有してロング缶の氷結をすするサラリーマン、ハンバーガーを頬張りながらずっとビニール袋をガサガサしつづけて周りのうとうとを掻き消し続けるサラリーマンがいた。大阪って素敵ね。

 みんな仕事を頑張った帰りなんだろうな。疲れているんだろうな。だけど、ちょっとつらいな。中学生の頃に気づいた配慮なき人との闘いとストレスの歴史は、僕が死ぬまでずっと続く。なんとなく中学生当時、すれ違うだけで誰彼問わず殴りかかるクラスメイトの名前を検索すると、なんだか今も楽しそうにやっている情報が出てきた。

 浅い溜め息をつきながら、中学生の頃から16ビートはやおと名付けられなくて良かったなと思った。調べられて、ドラムを叩いている途中にチャリで突撃されたらヘラヘラしないといけないからな。中学生の自分よりかはちょっとくらいは物騒になっているかもしれないけど。